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おがくずをここに捨てれば身綺麗になれるはずだと思ってました
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中森つんです。なんとか生きてはおります。
未だ落ち着きを取り戻すことが出来ず、文章がまとまっていないことをご了承ください。

まず、木曜日(10日)に母親から「明日、お父さん手術です」と急に連絡があり、慌てて見舞いに行きました。病気そのものは珍しいものではないのですが、自覚してから10年以上の月日が経っていることから、合併症や感染症などの様々な不安がありました。何の奇跡か当日(11日)いきなり手術時間が早まり、地震の直前に終わりました。それだけが奇跡です。父の腹部からは子供の頭の大きさくらいの腫瘍が出来てたそうです。

一度目の地震のとき、私は父の入院している順天堂浦安病院(新浦安)に隣接している食事処に母と兄と居りました。自分の意識と身体が離れるような感覚に襲われ、それが大きな地震になると即判断し、机の下へ隠れしました。すぐに揺れが大きくなり、物が散乱するような状態になりました。揺れがおさまった後、店外に出ると、建物にひびが入り、ガラスが割れておりました。

天井が落ち、停電し、スプリンクラーが作動し、混乱の渦に襲われる病院の中、父の安否を確認し、自宅に残してきた猫たちの様子を見るべくタクシーをひろおうとしていたところで、二発目が来ました。身体ごと地面に叩きつけられ、道路のミラーが兄の背後に落下し、頭上からはレンガが落ち、コントロールを失った車が目の前に迫り、地盤沈下しているのか道路の断層が見え、隙間から水が吹き上げ、あちこちは液状化現象を起こしていました。テレビで見たことのある震災が、私を飲み込みました。何かの割れる音、誰かの悲鳴、建物の軋む音。その後はただただ静寂。誰もが言葉を発することが出来ませんでした。

父のところへ行くべきか悩みましたが、もう病院に任せるしかないと決め、そのままタクシーで逃げ出しました。橋をひとつ越えただけで、風景は「日常」へと変わりました。ですが自宅へついてみると、室内は地震の影響で物がめちゃくちゃに散乱していました。心が凍りそうでした。何度も必死で猫の名前を呼びました。隙間という隙間をさがすと、猫は一番奥の部屋の、こたつの中から震えながら出てきました。二人して泣きながら抱き合って、最低限のものをかき集めて、隣駅の実家に避難しました。その数時間後、なんとか帰宅した旦那さんと再会し、不安をこらえきれずに泣きました。

この地震における新浦安の震度は5弱と6弱だったそうです。

両親の実家が岩手にあり、親戚が宮城~岩手~青森にいます。7割がたの親戚には連絡がつき、命があることを確認しました。安否どころか、行方不明かどうかもわからない人もいます。また友人が福島におり、原発の屋内退避地域で耐えている状況です。

私自身のことを申し上げますと、先日、体中の痛みに耐えかねて病院へ行ったところ、「全身打撲、捻挫、左半身知覚過敏、右半身知覚麻痺、PTSDなど」という診断を受けました。損傷というレベルではないので、自宅にて安静、心療内科と相談です。が、その心療内科が地震の影響でしばらくお休みです。水曜日に診療の予定で気を張って無茶をしてきたので、それがないとなると、自分の精神状態を維持することにつとめるほかにできることがありません。

父は月曜日に退院しました。入院していた病院が停電や断水、物資不足によって野戦病院と化しているらしく、命に関わらない程度の患者を無理やりにでも退院させているようです。帰宅後の父は、親戚の情報を集めたり、仕事関連の作業に追われているようで、おとなしくしているという話は聞いておりません。

自分自身も被災し命の危険にあったこと、被災地のど真ん中に多くの親戚がいることなど、どこをどうとっても、今回の震災にたいして他人面をして普通の生活を送ることが出来なくなりました。なんでもいい。少しでもいい。自分の出来る範囲で、出来る限りのことをしたいと思っています。

皆様にお願いがあります。東日本も西日本も同じ「日本」です。私達は思いやりの精神という「輪」で繋がっています。どうか、皆様の思いやりを少しずつ被災地へ分けてください。また、1ヵ月後、半年後、1年後もその気持ちを忘れないでください。どうか東日本を助けてください。お願いです。

中森つん
--------
震災について、5首詠みました。

悲しみの深い涙の底に居ていまは静かに眠れ良い子よ

らくがきでかまわないから僕たちは描いていくよ最高の未来

この歌が祈りとなってひとりでも多く光のほうへ導け

絶望の中で私は歌うからどうか貴方へ希望よ届け

かなわない奇跡を願うことよりも自分自身で誰かを救え

--------
ここに、私の好きな歌詞をひとつ載せます。
誰かの心に、届きますように。

僕は歌い 君は眠り 誰かは戦っているんだ

SURFACE「欠片1ピース」
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Re:生きています
つんさま
たいへんでしたね。
私は老妻と二人で、腰が抜けたように、ただゆれるままに震えながら座っていました。
つんさまのお歌「この歌が祈りとなってひとりでも多く光のほうへ導け」を有り難くいただきました。
私たちの力になってくださることを祈っています。
ご両親さま、どうぞどうぞ、ご自愛なさってくださるよう、つんさまご自身も早く快くなられますことをこころからお祈り申し上げます。
三宅美智雄 2011/03/18(Fri)14:20:41 編集
同じ思いです

つん様、この記事を読みながら私は胸がドキドキして仕方がありませんでした。
私の地域は震度5弱、発生直後に13時間の停電になりました。
我が家にも猫がいます。
地震発生時、私は揺れる家屋の中を転びながら二階へと駈け登り、ギシギシと音がする部屋を猫の名を呼びながら探し回りねこつぐらの中で震えている猫を発見、急いでケージに入れました。
相次ぐ余震の度に猫の側に駆け寄りケージに入れる日々です。
計画停電中は震えながら寒さに耐える猫が可哀相でなりません。
お互い小さな命を守り切りましょうね。
そして人々の命を守り切りましょう。
歌を読む事で輪が広がる事を私も祈っています。
そしてつん様、つん様もくれぐれも御慈愛お忘れなく。
矢部暁美 2011/03/18(Fri)20:28:16 編集
お返事。
>三宅美智雄さん
コメントありがとうございます。
私の歌が少しでもお心に届いたのでしたら、幸いです。自分に出来ることを考えたとき、私には歌しか残っていませんでした。やれることをやらないと気がすまないのです。
私や両親のことまでお気遣いいただき、ありがとうございます。私達が早く元気になって、被災地を支えていかねばなりませんね。

>矢部暁美さん
コメントありがとうございます。矢部さんは夜ぷちでお見かけしている方でしょうか。コメントいただけて光栄です。
そちらも大変な状況にあったご様子、心が痛みます。同じ猫飼い同士、何か助けられることがあればと思います。我が家の猫も地震恐怖症になってしまったらしく、速報の音に敏感にです。また小さい揺れでも怯えてしまうため、地震の際は常に抱っこをして誤魔化しております。一応、避難用の猫グッズも用意いたしました。

この小さな命は、私の心を救い、支えてくれます。私が守らなければならないと思っています。また、被災地にて寒さに震え、ご飯に困っている動物たちに早く救いがあることを祈っております。

歌を詠むことはただの自己満足でしかないかもしれません。それでも、少しでも誰かの心が前向きになれるのなら、私は頑張ろうと思います。いつも自愛を心がけるようまわりから言われて気づくので、ご指摘ありがとうございます。がんばりましょう。
中森つん 2011/03/21(Mon)15:52:27 編集
良かったです
中森さんが生きておられて良かったです


どうしても知人親戚は東北に多いので反応がないと心配になります

父も詠んでましたが繋がることの安心感は大きいです
気仙沼の先輩が無事だったので嬉しい反面、誰か亡くなっていることを否定もできなくていつも祈ってます
自分が仙台で住んでいた場所も津波が通ったらしく(若林区でした)友人は大丈夫みたいです

ご家族と猫さんのことも大変だと思いますができることをやっていきたいですし
希望になるように歌い続けたいですね
薫智 2011/03/21(Mon)18:34:48 編集
御返事有難うございます

はい、夜ぷちの矢部暁美です。
大変な中、御返事有難うございました。
相次ぐ余震、計画停電、買い溜め騒動、灯油ガソリン不足と世の中は殺伐とし人々は不安に満ちて溢れて居りますが、つん様からの御返事を読み安心しました。
我が家の猫は首輪を嫌う為リードをつける事が出来ないので万が一の時の不安(避難所生活になった時など)が大きいです。
念の為に胴輪は用意してありますが とても嫌がります。
また、家族以外の人を怖がるので不安は募るばかりです…。
つん様の猫ちゃんは如何ですか?
また、私が毎日緊張した生活をしているからか猫も神経質になってしまい食が細くなってしまいました。
私がもっとしっかりしなければ、と思ってはいるのですが11日の恐怖が忘れられず余震が来ると冷静ではいられなくなってしまいます。
計画停電も夜の日は恐怖で泣きたくなります、ダメですね…。
私も同じ猫飼い同士お役に立てたら、と思って居ります。
何かありましたら遠慮なくおっしゃって下さい。

私も11日以降も短歌を詠み続けています。
日本中が慌ただしい日々が続いていますが
いつの日か歌を詠み続けていて良かった、と思える日が来ると信じています。
つん様もどうか詠み続けて下さい。
冷静を保つ事が一番難しい昨今ですが、愛猫を抱き締めながら命を詠みましょう。
矢部暁美 2011/03/22(Tue)08:12:48 編集
お返事。
>薫智さん
ありがとうございます。

思い出のある土地、知り合いが苦しんだり困っている状況に、自分が出来ることを考える日々です。そちらの気仙沼のお知り合いは連絡がついたのですか。こちらは未だ音信不通です。父の実家の親戚なので詳しく住んでいた場所などはわかりませんが、いま我が家で食べているお米はその方からいただいたものです。深く、強くかみしめて食べています。

私は自分でお金を稼いでいるわけでもなく、ましてや精神疾患を抱えている身ですから、出来ることなんてものはとても限られています。無理をしない、自分の精神状態を保つ。それも重要なことだと思っています。薫智さんのようなまっすぐな御歌は、きっと人の心に届きます。


>矢部暁美さん
矢部さんは関東の方でしょうか。でしたらここ10日間ほどの混乱ぶりをご覧になっていらっしゃいますね。不謹慎かもしれませんが、行動心理学などそういう専門分野の方々は、こうした震災における都内を中心として広がった不安や混乱への人間の心理というものを分析していただきたいと私は思います。それを経て、メディアへ正しい言葉かけの方法を伝え、人々を安心させてほしいです。

うちの猫も首輪が嫌いで、つけてもすぐに勝手に外しています。しかし震災以後、何かがあっては困るので「この首輪があることで、地震のときにあなたを守ってあげられるから、いまは我慢して。お願いします」と話をしたところ、納得して首輪をしてくれています。いざ避難となったときは首輪に動物病院からいただいたタグを着けようと思います。きちんと説明し、徐々に慣らしておくしかないかもしれませんね。用意は必要だと思います。

いつもより多く、猫ちゃんと接してあげてください。声をかけて、撫でて、側にいて。そうして空間を共有することで、きっとお互いに落ち着きを取り戻していけるのではないでしょうか。こちらの地域は輪番停電から外れていますが、節電のため日中は暖房を入れません。かわりに厚着して、猫をゆたんぽがわりにしております。元々抱っこが好きなので、ときにはパーカーの中に入れたまま室内を行動することが出来ます。

いつもは投稿作品を練る時間を、いまは震災の連作を作る時間へあてています。それが誰のためなのかわかりません。自分が納得したいだけかもしれません。それでも、その作品をブログ上できちんと発表できる形にすることが、いま私に出来ることだと思っています。
中森つん 2011/03/22(Tue)17:55:31 編集
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中森つん
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穂村弘さんに影響を受け、2009年、短歌にベクトルをあわせ出発進行。雑誌やメディアでの掲載・採用情報、結社詠草の情報置き場。尊敬する歌人は笹井宏之さん。
結社「未来」の「彗星集」所属しておりました。申し訳ございませんが、歌意の説明は控えさせていただいております。
2011年12月活動休止。2013年4月活動再開。
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