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おがくずをここに捨てれば身綺麗になれるはずだと思ってました
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皆様お久しぶりです。中森つんです。

一昨年十二月に活動終了宣言をしてから、まる一年以上が経ちました。その間、治療と芸能活動に身を置きながらも、私生活では失踪騒ぎを起こしたり、離婚という大きな節目を迎えたりいたしました。

長いようで短かった一年を過ごして、私の中で短歌という存在が変わりつつある頃、ひとつの悲報が入りました。尊敬する飯野賢治さんの死去。ゲームクリエーターとしての名作の創り手としてではなく、いま、あなたが何気なく利用している何らかのツールやアイデアの中に、彼の息吹は遺されており、誰もが実は彼の作品に触れたことがあるだろうと思います。

受け入れきれない悲しみを消化すべく、私は短歌を詠みました。百首にはなるその作品を目の前にして、私はやはり、悲哀の中でしか生きられないことを確信しました。

一年かけて専念した精神疾患は、まったく治っておりません。逆に、離婚を期に実家へ戻ったことによるストレスで、余計に捻れていくのが笑えてきます。

中森つんは悲劇の中で繰り返される、馬鹿げたワルツを躍りに帰ってきました。以前のように投稿などはあまりいたしませんが、ひとつの目標の為に頑張ります。トークライブのサイン会にて、飯野さんが言ってくださった「本出せ!」という言葉。私はそれを実現させるべく、戻ってくることを決意したのです。本を出せたら帯を書いてもらう約束は果たせませんが、私に出来る弔いです。

勘違いしないでいただきたいのが、病気が治ったから復帰したわけではないということです。精神状態は未だにチューニングがぶち壊れたままで、病院もより適切な治療が受けられるところに転院いたしました。入院しないだけマシです。なので、中森つんの黒光りする短歌は変わっていません。皮肉なものですね。

そういうわけで、誠に勝手ながら、中森つん復帰いたします。エイプリルフールに復帰第一作を発表するつもりなので、よろしくお願いいたします。

中森つん
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現在、中森つんは何をしているのか。
それを別のブログでまとめました。
どうぞご覧くださいませ。

『Mai.nブログ』
「短歌の人へ。」
http://ameblo.jp/nkm-nyanko/entry-11204313548.html
皆様お久しぶりです。中森つんです。
体調不良で寝込む日が続き、気がつけばもう12月です。
アインシュタインの相対性理論が身にしみます。

さて、以前から「中森つん」の短歌活動は、
年内いっぱいであることを宣言してきました。
たくさんの方々から
「やめないで」「続けて」「のんびりやっていこうよ」
とのお言葉をいただきました。
本当にありがとうございます。
ですがやはり、この短歌の世界における私の活動は、
予定通り年内で終わらせていただくことを、
あらためてご了承ください。

と、ここでひとつ問題が発生いたしました。
持病であるうつ病と統合失調症が悪化し、
このたび入院することが決まりました。
しばらく前から担当医とカウンセラーさんと相談し、
話を進めてきたことなのですが、
皆様にご報告することが遅くなってしまいました。
申し訳ございません。

活動終了の仕方として考えていたのが、
・未発表連作の発表
・未来詠草12月号のアップ
・中森つん最後の連作の発表
これらを12月中、徐々にと考えておりましたが、
入院が1~2週間以内となりそうなのです。

というわけで、いろんなことを前倒しにしつつ、
作品発表をさせていただきます。
そして、歌人「中森つん」を終わりにします。

語りきれないことがたくさんありますが、
私の短歌に出会ってくださり、
その短歌を好きだと言ってきただき、
誠にありがとうございました。

詠えなくなったカナリアは、
どこかの空へはばたいていきます。
どうか、どうか、私の想いに気づいてください。
そして、ゆっくりと飲み込んで、溶かして、
あなたの一部になれたなら、
ここまでやってこれたことを誇りに思います。

ありがとう。全部に感謝を。

平成23年11月28日
中森 つん
立つ鳥は跡を濁さず 歌々はみんな私が連れていくから

--------

6月28日付で「うたのわ」を退会いたしました。
3月11日の震災を境に、短歌を詠むことが難しくなり、
各所の投稿を休止している状態にあります。
現在はなんとか結社の詠草だけ送っています。

投稿の休止は、以前から決めていました。
私は短歌を始めたときから、
自分の歌人としての活動は「3年計画」と考えています。

情熱と勢いの1年目。
勉強と我慢の2年目。
跳躍と結果の3年目。

今年はその3年目です。
上半期中には各投稿を止めることを考えていたので、
震災は早めに訪れたキッカケにすぎません。
結社詠草は年会費を払っている以上、
きちんと最後の月まで自分の作品を載せるつもりです。
つまり私は、投稿歌人でも結社歌人でもありません。

私が短歌を詠むにあたり、
払ってきた代償は計り知れないものです。
普通の人が普通のことを普通にして普通に生きていくことは、
私には願うことも許されないものです。
私はそういう病気を抱えています。
少しでも人間らしい生活をするためには、
すべての時間をかけて治療に取り組まなければなりません。

才能は、私から「人間」を食い尽くして成り立つものです。
皆さんが認める「中森つん」という歌人は、
人間であることを捨てて存在を保っていました。
それは「生きる」ことを選んだ私や、
家族、友人、知り合いを悲しみや苦しみに絡めてきました。

今年の各新人賞で結果が出なければ、
「中森つん」という歌人はいなくなります。
ひとりの人間として生きていくために、
精神疾患の治療に専念しようと決めています。
「もったいない」
そうおっしゃってくださる方が多くいるのは、
とてもありがたいことです。

何が正しくて、何が間違っているのか、私にもわかりません。
キチガイのまま歌人として認められることがいいのか、
普通を振舞って生きていくことがいいのか。
どの道を選んでも自分が苦しいことには変わりありません。
短歌を止めることも、普通に生きることも、
どちらも私の本望ではありません。
この世界は私が私のままで生きるには苦痛が多すぎるのです。
何かを犠牲にしなければ、何も出来ません。

ものすごく端的でおこがましいことですが、
新人賞がとれたら歌集を出せるきっかけになると思うので、
「中森つん」は復活します。
私は歌集が出したいのです。
笹井宏之さんの歌集の隣に並べて、うっとりしたいです。
なので、もしもまだ「中森つん」の短歌を読みたいと思う方は、
新人賞がとれることを祈っていてください。

言っていることがめちゃくちゃになっていますが、
以上が私の気持ちです。
どうか理解いただければと思います。

平成23年6月29日 中森つん
東日本大震災から今日で1ヶ月が経ちました。
被災された皆様にお見舞いを申し上げると共に、
亡くなられた方々へ心よりご冥福をお祈り致します。

「まだ」「やっと」「これから」
色んな感情を抱きながらこの日を迎えました。
テレビではたくさんの人が呼びかけています。

「日本は強い。がんばろう日本」

でも、私は疑問に思うのです。
いつから、日本は強い国になったのですか?
隣の人は、本当に心から笑っていますか?

被災地の人々は慰められ、支えられ、手を差し伸べられます。
そういう支援があって、復興への意識を強くしていきます。

しかし、現実と向き合い、悲しみ、嘆く時間もないまま、
とにもかくにも「立ち直る」ことを急かされているような、
そんな複雑な気持ちを抱いてしまいます。

私は専門家でも精神科医でもなく、ましてや健常者でもなく、
いち精神障害者として生きておりますから、
その疑問自体が間違っているかもしれません。
私の考えそのものがただの戯言かもしれません。

ただ、そんなに最初から全力で走り出さなくても、
まだみんな頑張れるだけの力はないでしょうと、
進む一歩が大きすぎるなら、いまは半分でいいんじゃないですか?

そんな思いを込めて、今回連作を作りました。
タイトルの『シュプレヒコール』の意味は各々で考えてください。
たぶん、あなたの胸に浮かんだそれが答えだと思います。
ただの自己満足の塊でしかありませんが、
この連作で、どれかの歌で、
誰かが何かを考えるきっかけになればそれでいいのです。
ツイッター始めました。
心療内科に通っている身でございますので、
あまり情報過多にならないように気をつけて、
ほどほどに皆様とコミュニケーションがとれたら嬉しいです。

機械音痴にもほどがあるので、
詳しい使い方などたびたびたずねさせていただきますが、
おもちゃを与えられた子供のように、
あたたかくご指導いただけると幸いです。

基本的にはこちらが本家ですので、
あちらでは本当に人と交流をするため、
こちらの更新情報を流すためだけの利用となりそうです。

そんなこんなで、よろしくお願い申し上げます。
中森つんです。なんとか生きてはおります。
未だ落ち着きを取り戻すことが出来ず、文章がまとまっていないことをご了承ください。

まず、木曜日(10日)に母親から「明日、お父さん手術です」と急に連絡があり、慌てて見舞いに行きました。病気そのものは珍しいものではないのですが、自覚してから10年以上の月日が経っていることから、合併症や感染症などの様々な不安がありました。何の奇跡か当日(11日)いきなり手術時間が早まり、地震の直前に終わりました。それだけが奇跡です。父の腹部からは子供の頭の大きさくらいの腫瘍が出来てたそうです。

一度目の地震のとき、私は父の入院している順天堂浦安病院(新浦安)に隣接している食事処に母と兄と居りました。自分の意識と身体が離れるような感覚に襲われ、それが大きな地震になると即判断し、机の下へ隠れしました。すぐに揺れが大きくなり、物が散乱するような状態になりました。揺れがおさまった後、店外に出ると、建物にひびが入り、ガラスが割れておりました。

天井が落ち、停電し、スプリンクラーが作動し、混乱の渦に襲われる病院の中、父の安否を確認し、自宅に残してきた猫たちの様子を見るべくタクシーをひろおうとしていたところで、二発目が来ました。身体ごと地面に叩きつけられ、道路のミラーが兄の背後に落下し、頭上からはレンガが落ち、コントロールを失った車が目の前に迫り、地盤沈下しているのか道路の断層が見え、隙間から水が吹き上げ、あちこちは液状化現象を起こしていました。テレビで見たことのある震災が、私を飲み込みました。何かの割れる音、誰かの悲鳴、建物の軋む音。その後はただただ静寂。誰もが言葉を発することが出来ませんでした。

父のところへ行くべきか悩みましたが、もう病院に任せるしかないと決め、そのままタクシーで逃げ出しました。橋をひとつ越えただけで、風景は「日常」へと変わりました。ですが自宅へついてみると、室内は地震の影響で物がめちゃくちゃに散乱していました。心が凍りそうでした。何度も必死で猫の名前を呼びました。隙間という隙間をさがすと、猫は一番奥の部屋の、こたつの中から震えながら出てきました。二人して泣きながら抱き合って、最低限のものをかき集めて、隣駅の実家に避難しました。その数時間後、なんとか帰宅した旦那さんと再会し、不安をこらえきれずに泣きました。

この地震における新浦安の震度は5弱と6弱だったそうです。

両親の実家が岩手にあり、親戚が宮城~岩手~青森にいます。7割がたの親戚には連絡がつき、命があることを確認しました。安否どころか、行方不明かどうかもわからない人もいます。また友人が福島におり、原発の屋内退避地域で耐えている状況です。

私自身のことを申し上げますと、先日、体中の痛みに耐えかねて病院へ行ったところ、「全身打撲、捻挫、左半身知覚過敏、右半身知覚麻痺、PTSDなど」という診断を受けました。損傷というレベルではないので、自宅にて安静、心療内科と相談です。が、その心療内科が地震の影響でしばらくお休みです。水曜日に診療の予定で気を張って無茶をしてきたので、それがないとなると、自分の精神状態を維持することにつとめるほかにできることがありません。

父は月曜日に退院しました。入院していた病院が停電や断水、物資不足によって野戦病院と化しているらしく、命に関わらない程度の患者を無理やりにでも退院させているようです。帰宅後の父は、親戚の情報を集めたり、仕事関連の作業に追われているようで、おとなしくしているという話は聞いておりません。

自分自身も被災し命の危険にあったこと、被災地のど真ん中に多くの親戚がいることなど、どこをどうとっても、今回の震災にたいして他人面をして普通の生活を送ることが出来なくなりました。なんでもいい。少しでもいい。自分の出来る範囲で、出来る限りのことをしたいと思っています。

皆様にお願いがあります。東日本も西日本も同じ「日本」です。私達は思いやりの精神という「輪」で繋がっています。どうか、皆様の思いやりを少しずつ被災地へ分けてください。また、1ヵ月後、半年後、1年後もその気持ちを忘れないでください。どうか東日本を助けてください。お願いです。

中森つん
--------
震災について、5首詠みました。

悲しみの深い涙の底に居ていまは静かに眠れ良い子よ

らくがきでかまわないから僕たちは描いていくよ最高の未来

この歌が祈りとなってひとりでも多く光のほうへ導け

絶望の中で私は歌うからどうか貴方へ希望よ届け

かなわない奇跡を願うことよりも自分自身で誰かを救え

--------
ここに、私の好きな歌詞をひとつ載せます。
誰かの心に、届きますように。

僕は歌い 君は眠り 誰かは戦っているんだ

SURFACE「欠片1ピース」
お知らせでございます。

「夜はぷちぷちケータイ短歌」
http://www.nhk.or.jp/shibuz/tanka/index.html

NHKラジオ第1(地域別周波数
http://www.nhk.or.jp/shibuz/frequency/index.html

以上。よろしくお願い申し上げます。
滑舌の悪さを今すぐ誰かなんとかしてください。
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HN:
中森つん
性別:
女性
自己紹介:
穂村弘さんに影響を受け、2009年、短歌にベクトルをあわせ出発進行。雑誌やメディアでの掲載・採用情報、結社詠草の情報置き場。尊敬する歌人は笹井宏之さん。
結社「未来」の「彗星集」所属しておりました。申し訳ございませんが、歌意の説明は控えさせていただいております。
2011年12月活動休止。2013年4月活動再開。
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